IMPACT 9月号

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Jet Li のFearless
(邦題「SPIRIT」ですが、本誌に使われている英題「Fearless」のまま表記しています。(訳者))

現在、イギリスでロニー・ユー監督、ジェットの最後の武術史劇作品と目される「Fearless」が公開中で、好評を博している。読者の皆さんがこの記事を読む頃までには、北米でも公開されていることと思う。プロデューサーとジェット・リーへの本誌による今回の独占インタビューは、アジア担当編集者、マイク・リーダーズの徹底インタビュー第3弾にして最終である。

ジェット:
ユエン・ウーピンにとって、アクションシーンを撮るのは大変だったと思うよ。Fearlessのアクションシーンを通して、様々な物語が語られるからね。霍元甲の性格や人間性がそのつど戦い方に表れるんだ。それがアクションにドラマをくわえるのにとても役立っている。ウーピンは本当にたいへんだったと思うよ。特に僕がライバルの武術家と戦う料亭での場面だね。多くの作品では、こんな規模の戦いはたいていラストに来る。物語全体をしめくくるクライマックスで、観客は僕の演じる役柄が勝つのか負けるのか分からないような戦いなのが普通だ。しかし、Fearlessではこの戦いはまだ話の途中なんだ。実際、霍元甲にとっての人生の転換点にすぎない。この後彼は武術や、自分の行いの影響をやっと理解し始めるんだ。それが自分を見つける第一歩になる。

ユエン・ウーピンやロニーにとって、とても難しい場面だったと思う。特にこの場面は力強くて激しいアクションシーンであるだけでなく、とても感情的な場面でもある。観客や霍元甲が霍自身の行いの結果に気づいたとき、いったいこれからどうなるんだ、という問いかけでもある。これは大変だった。この場面の後、観客は戦いと物語の変化を受け入れてくれるだろうか。人はいつも人生の良いことが好きだとか、平和や愛がほしいとか言うね。でも、みんな暴力も興奮も好きなんだ。悪く思えるけど、自動車レースを見ていて事故が起こったりするのを見たり、フットボールでケンカが始まったりすると、観客は喜ぶ。人は驚きたいんだ。自分にそんなことが起きるのを望んではいないけれど、観客はそんな感覚が好きなんだ。何か突然起こることをね。そんな戦いの影響が観客を驚かせる。彼らは予期しているわけじゃない。

作品は全体にうまく出来たと思っているよ。でも、この作品を観る人にはいつも言っているけど、3つのことしか約束はできない。1つは、実際に霍元甲という人物がいたこと。彼は実在の武術家だった。2つめは、彼は確かに「精武体育会」の創始者であること。3つめは、彼は死んだこと。この3つは全て事実だ。でもその他は僕が考えたことだよ。映画の大部分は僕の信念や考え方を元にしている。ジェット・リーが自らの人生経験や気持ちを映画に注ぎこんだんだ。だから100%霍元甲の物語というわけじゃない。彼の人生のいくつかの局面と僕の人生の多くの局面をあわせて映画にしたんだ。

マイク:
この作品で、世界中から来た何人かの高度に訓練された武術家(名前省略:訳者)と対戦していますが、最後の対戦相手は、実際には武術家ではない、中村獅童によって演じられた日本人武術家ですね。実際に武術の素養のある相手か、訓練は受けていないけれど振り付けを覚えて適応できる能力のある相手か、どちらの方が戦いやすかったですか。

ジェット:
武術の経験が少しでもある相手との方が確かに楽だね。(笑)だれかと卓球をするとしたら、相手が卓球のたの字も知らなかったらゲームを楽しめないし、自分もうまくプレイできない。自分も相手も卓球をよく知っていたら、ボールが行ったり来たりするうちにリズムが生まれて、休みをとる前に10回や20回の応酬が出来る。でも、実際にはよく理解していなくて、出来る演技をしている相手とプレイすると、よくて3~4回の応酬しか出来ない。中村獅童は実際には武術家ではないけれど、とてもよく努力して素晴らしい演技をしてくれた。でも、本物の武術家だったら、ラストが違ったレベルの力がはいった場面になったとは思うよ。

マイク:
スペイン人の剣士を演じたアンソニー・デロンジズとその話をしていたんですよ。彼は剣士としての自分の技術をあなた相手に披露できて本当に嬉しかったそうです。あなたとの間にリズムが生まれて確かな応酬が確立できたそうです。確固たる武術の素養の無い相手だったら、そんな領域に達することはまずないでしょう。

ジェット:
欧米には多くの高い技量を持った武術家がいる。でも、映画の中でその技量を存分に発揮する機会はまずない。おそらく、彼らはスタントマンとして働くくらいが関の山ではないだろうか。自分の技量をいくぶん押さえ気味にしたり、アクションシーンの中で、自分が繰り出す動作を少なくしたりしている。そんなこともあって、この映画を撮ることが出来て僕は嬉しかったんだ。本物の武術家をたくさん使えたからね。(笑)だから世界中へ飛んで、映画にふさわしい最高の武術家を探したんだ。

実際の戦いと映画の中の戦いにはいくらかの調整を要する。この2つは大変違ったものだからね。映画の中の戦いは武術そのものと言える。タイミングやリズムに慣れなくてはいけないし、時には動作を大きくしたりドラマチックにしたりすることが必要だ。数分戦っているだけじゃない。何時間も戦っているんだ。時には何日もだよ。映画では、アクションは実際よりも大げさにしなければならない。実際には戦いは1発のパンチ、そしてノックアウトで終わるかもしれない。でも、映画にはそれだけではダメだ。映画では、力や痛みや、感情を表す必要がある。実際の戦いではそういったものを抑制するけれどね。敵に、自分がダメージを受けたとか、これが自分の戦い方だと知られたくないだろ。でも映画では、こういったものを全て見せなくてはいけない。そうやって観客の心をとらえ、彼らを戦いに感情移入させていくんだ。それがアクションの中にあるドラマなんだ。

僕はアジアとアメリカでたくさん映画を撮った。アクション撮影にかけた時間は両者ではとても違う。アメリカでは、ちょっとしたアクションシーンなら、2,3日で、ラストのアクションシーンに、うまくすれば5日といったところだ。休憩を入れて1日12時間の撮影を行う5日間だ。5日間まるまる使うというワケじゃない。Fearlessの場合、映画全体で90日間を要した。そのうち60日間はアクションシーンの撮影で、ずっと現場にいるんだ。長い1日だよ。平均的に16時間を撮影に使う。こんな風に時間を使うことができる時は、アクションを色々発展させることができる。準備して撮影所に入っても、新しいアイディアが浮かんだり、1度場面を撮っても、違う角度からもう一度撮ることができるし、アクションに関してもっとクリエイティブになれる。アクション映画を撮っているときは、これが大切なんだ。

中村獅童との撮影だけで8日間かかったよ。まるまる8日間、彼と僕の対戦場面の撮影だけに使ったんだ。そしてまた7,8日間、別の武術家との撮影に使った。でも、料亭の戦いの場面には、アクションシーンだけで17日間を要した。マイク、君は色んな映画を扱っているから、アクションの振り付けや中国武術の撮影や香港流の撮影のことを的確に理解しているよね。本当に時間がかかるんだよ。

マイク:
最後の戦いの場面の撮影で、ユエン・ウーピンと彼のチームがもっと時間がほしい、と言っていたのを覚えていますよ。

ジェット:
彼はいつもそう言うんだ。撮影は90日間だ、と言われると、ウーピンはアクションの撮影だけに90日間欲しがるんだよ。彼はアクションシーンの撮影や新しいアイディアを出したりするのが好きなんだ。彼がアクションシーンの撮影に100%満足するなんてことはないと思うよ。(笑)だから彼はいい仕事をするんだ。

マイク:
素晴らしい場面の1つに、ネイサン・ジョーンズが演じる「人間発電所」ヘラクレス・オブライエンとの、「ダビデとゴリアテ」風の場面がありますね。

ジェット:
彼は元レスラーだよね。ネイサンは実に大柄な男だけれど、動きがとても速いし、大柄な男としてはとても動きがいいよ。いまのところたくさん映画には出ていないようだが、撮影の始めの頃、彼はとても興奮していて、映画の撮り方やアクションの振り付けに慣れていなかったんだ。初めのうちは慣れるのに少し時間がかかるだろうと思っていた。それに、彼は寝られなかったと思うよ。ホテルのベッドは彼には小さすぎてね。最初の撮影で、彼は全力でかかってこようとしたから、もっと力を抜いて、と言わなければならなかった。まだ撮影は何日も続くし、最初にエネルギーを使い切ってしまってはいけないからね。彼との対戦場面は、5,6日かけたと思う。ネイサンは本当にがんばっていて、いい場面を作りたいと思っていたよ。自分の力を存分に発揮してね。さっきも言ったけど、彼は初日以来よく眠れないという問題を抱えていて、疲れていたんだ。でも彼は真剣に取り組んで、アクションをこなしたよ。時には奮起しすぎたこともあったけど、一旦感覚をつかむと、彼の動きのコントロールやタイミングはとても良かった。(笑)彼は実に大きいのだけれど、上海ではエキストラは言うまでもなく、スタッフも彼ほど大きい人間を見たことがない。特に、こんなに大きいのに彼のように動き、跳び、飛び込むことができる人間をね。だからエキストラはみんな彼のことが気に入っていたよ。

マイク:
この作品を撮り終わってから1年がたとうとしていますが、大ヒットしたアジアの後、世界各国で公開されているところです。振り返ってみて、この作品に満足していますか。

ジェット:
僕の哲学は、いつも最善をつくせ、ということだ。でも、完全に物事を行うことは難しい。100%完璧というのは、自分がコントロールできることじゃない。最善をつくして努力することはできる。100%に向かって努力することは出来るけど、冷静に眺めてみて、自分のやったことに100%満足することは難しい。僕はいつも、何かもっと別のことやいい方法があったんじゃないか、と思ってるよ。Fearlessのような、より多くの観客の心に響いてほしいと思う映画を撮るときは、なおさら難しいね。

今のところ、Fearlessはアジアでは好評だ。でも、欧米の観客が同じように反応してくれるかどうかは分からない。アジアで受けた要素を、欧米では好んでくれないかもしれない。そんなことも理由の1つとなって、映画の場面をカットしたり、吹き替えにしたり、映画の要素を変更したり、国によってタイトルを変えたりするんだ。日本公開では、タイトルをSPIRITにしたんだよ。(マイク言:欧米でアジア映画を公開する際に、厳しい監視下におかれて、吹き替えや再編集、タイトル変更などでアメリカ風にしてしまうことへの不満がある一方、アジアでも、アメリカ映画が公開時に徹底的に見直されるのはあたりまえのことなのだ。例えば、ディズニーのアニメもそれぞれの国の声優を使って吹き替えられ、幅広い観客に受け入れられるようにしている。)僕がDVDが好きな理由の一つは、特典映像として、カットされた場面を復活させることが出来たり、映画本編そのものに取り入れることが出来ることだ。Fearlessが世界各国で公開された後、もっと長くて、物語の緊迫度も高く、アクションシーンも多いディレクターズカット版に取りかかるよ。

マイク:
さて、Fearlessがあなたの最後の作品、もしくは最後の武術作品と言われていますが、この件について認めますか、それとも否定しますか。

ジェット:
僕はコーリー・ユエンとカナダで映画を撮り終わったところなんだ。だからFearlessの後に少なくとも1作はあるよ。記者会見で僕が言ったことは、これが僕の最後の武術作品ならば、このような作品で最後を飾れたのはうれしい、ということであって、完全に映画を撮るのを止めるということではないんだ。確かに、家族のためや、精神的な事にもっと時間を使いたいのだけど、少なくとも当面は映画を撮り続けたいと思ってるよ。Fearlessのような、武術史劇はもう撮らないだろうと思う。でも、少なくとももう2,3作は撮るよ。

マイク:
新作のROGUEについて少し語っていただけませんか。ジェイソン・ステイサムや昔からの友人、コーリー・ユエンと仕事をされました。それと、Monk In New Yorkのような他の作品についてもお話し願えませんか。

(注意!ここからROGUEが少々ネタバレしています!ネタバレ部分は薄めの文字色を使用しておりますので、読みたい方は反転してご確認ください)

ジェット:
ROGUEはアクション映画で、とてもダークな映画だ。僕は悪役を演じてる。ほぼ悪役と言っていいだろうと思う。僕がジェイソンが演じる役を助けた後も、僕が本当に悪者なのかそうでないのか分からないんだよ。僕は「ROGUE」と呼ばれる殺し屋で、ジェイソンは、彼の相棒と家族が襲われた後、僕を追ってくる。僕がやったと思ってね。でもそれはすべてヤクザと中国マフィアの思惑どおりのことだった。彼らは僕とジェイソンの両方を殺そうとする。とても暗い作品だね。僕はこんな役を演じるのは慣れてないよ。難しかったね。でも僕にとってはいい作品だと思う。自分の違った面を見せることができるから。

いい作品を作ろうとすると、時間とお金がかかる。特にアメリカでは、制作発表がなされても、実際に作品が作られない場合もある。今年のカンヌで、長年話題に上ったジャッキーと僕の共作映画が来年から制作されるという発表を、また彼らは行ったけど、すべては適切な脚本しだいなんだ。この共作については、過去10年間、時々話題に上っているのを知ってるよね。100%確実に実現するとは言えないけど、実現の方向に向かって取り組んでいるんだ。ジャッキーと僕は、一緒にやってみたいんだ。今回のカンヌでの発表は、映画会社が配給元や観客から何らかのアイディアを得たいと思ってやったんじゃないかな。ジャッキーと僕はぜひ共作を撮りたいと思ってるよ。状況がそろったら、撮影を始めたいね。

マイク:
子供の頃に武術の訓練を始めた時、武術によってこのような人生が訪れると、少しでも思っていましたか。

ジェット:
いいえ。当時の僕は8才の子供で、夢は持っていたけど、今のような生活じゃないよ。武術が得意になるとも思っていなかったんだ。まして、地区のチャンピオンになることさえ夢にも思わなかったよ。そうしたら、全国チャンピオンに連続してなったし、中国で、香港でそして世界で映画を作ることになった。(笑)僕の夢はこんなに大きなものじゃなかった。僕はただ最善を尽くしたかっただけなんだ。僕の心の全てを武術に注いで、それが報われたんだと思う。変な話だけど、僕は自分の過去や哲学を語るのは好きじゃない。過去はすでに終わったことだし、それにこだわるべきじゃない。思い出を持つのはいいことだけど、前を見なきゃね。過去に生きていてもだめなんだ。僕は今日1日のことを考えるのが好きだよ。42年も生きてきたら、考えることが過去にはありすぎるからね!(笑)前を見ようよ。

マイク: ジェット、お話ができて大変嬉しかったです。でもお忙しい方ですから、ここらで読者へのメッセージをお願いします。

ジェット:
Fearlessは僕の心の底から作り上げられた作品だ。僕の全精力、血と汗と涙をこの作品に注いて、僕が考え、感じていることを伝えようとしているんだ。Fearlessはジェット・リーの武術や人生に関する見解を表現している。みなさんには単に暴力的な面だけを見てほしくはない。非暴力という考え方や、暴力の他に物事を解決する方法がある、ということを知ってほしい。だから最近の3作、HERO、ダニー・ザ・ドッグ、Fearlessを作ったんだ。武術には戦う以上の何かがあることを知ってもらいたい。武術を通して平和やバランスを得ることができる。そうみなさんには伝えたい。みなさんの支持をとても感謝しているよ。僕や僕の作品を気に入ってくれたら、僕はとても嬉しい。みなさんが健康で、活躍されますように。