Men's Health 9月号

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パンチと禅

それは人生にとって、ガツンとやる以上のものがある。ジェット・リーは十分に理解してきた。

マイク・ジマーマン

それは彼の出演した映画の1シーンのようだった。ベルボーイがホテルのドアを支えると、黒い服を着た彼がゆっくりとした足取りで入ってきた。サングラスをかけ、その影から薄暗いロビーを見渡す。彼は決して背の高い男ではない。169~170㎝くらいだろう。
しかしその存在感は本物である。自信。品格。少々怖いくらいだ。それらがすべてを語っている。
これは出来る男の雰囲気だ。軽々と回し蹴りを行い、鞭のようにしなる手で打ちそしておそらく強い絞め技を放つ。

もしこれが映画の中ならば、私は彼に近づき、タランティーノを真似てこう唸るだろう。
「おやおや、誰かと思えば。俺の金は持ってきたのか?」そしてゲームが始まる。
パンチが繰り出され、それを防御し、私はホテルのチェックインカウンターへふっ飛んでいくのだ。

しかし実際は、サングラスがはずされ、中国功夫皇帝であるジェット・リーがにっこりと私に笑いかけ、つつましく礼をし、握手をしたのである。流血沙汰のない東洋と西洋の出会いだ。
そして私達はホテルのカフェに入っていった。インタビューの間、ジェット・リーは彼のトレードマークである、鋭い視線を見せることは、1回を除けばなかった。
(それについては後ほど語ることにしよう。)「ブラックダイアモンド」とこの夏公開される「HERO」に主演した彼は、思ったよりも陽気な男だ。よく笑い、自らの武術の技を語るときは、最後まで控えめであった。

「多分、君でも僕をぶちのめせるよ。」と彼はにこにこして言った。

私はその信任決議をうれしく思ったが、ジェット・リーが単に謙遜だけの男ではないと確信した。
話を続ける中で、彼の肉体的な能力の片鱗を知ることができた。力強い指が始終青い数珠をさわっていて、彼が話しに乗って夢中になってくると、首の腱が伸びる。彼はワイヤーワークでスタジオを飛びまわるだけの俳優ではない。彼は中国武術の連続5回チャンピオンなのだ。

そして、白昼夢は再び始まる。私は屈強な男で、飲んでいるストロベリースムージーの入ったグラスをテーブルでつぶし、花柄のテーブルセンターを乗り越えて彼につかみかかる。
さて、どうなるだろう。結局、武術の大家と対等に張り合おうと思う男はあまりいないのかもしれないが。

ジェット・リーは再びほほえんでいる。彼に警戒心は無い。私は彼に向かっていけるかも知れない。
が、「リーサルウエポン4」で彼が見せた、メル・ギブソンの銃の遊底を瞬くまにはずしてしまった動きを思い出した。明らかに、彼はあっという間に片手でストロベリースムージーを払いのけ、私の顔をテーブルセンターに押さえつけているだろう。

「僕はヒーローじゃない。」とリーは言う。彼自身、自分のイメージと戦っているのだ。
「単に長い時間を武術の修得に費やしただけだよ。それが人と違うことなのかもしれない。
そして自分の出来ることを人にも教えようとしてるけど、それが出来る人はたくさんいるよ。
僕は特別な人間じゃない。世界で一番のファイターだとは思っていないよ。うぬぼれが敵を作る。
僕を倒せる人はそこここにたくさんいるよ。それは大して意味のあることじゃない。」

リーはそのようなことをとても真剣に考えている。彼の訛は強いが、その答えは率直で情熱的だ。
彼のアクションには定評があるが、彼自身は内面の平静により興味があるようだ。彼は現在41歳で妻と4歳の娘と生活している。そして精神的な成長に傾倒している。仏教は彼の考え方に大きな影響を与えている。仏教の教えといままで培ってきた武術の実践を合わせれば、膨大な先人の智恵を獲得することができる。

8歳で、他の子供達と同様に北京の体育学校に1ヶ月派遣され、偶然武術のクラスに割り当てられた。
3年後、リーは全国チャンピオンになっていた。世界を回り、ホワイトハウスの庭でニクソン大統領の前で技を披露した。1985年までに、リーは故国で有名映画スターとなっていた。1998年までに、彼は世界的なアクションスターになっていたのである。

現在、30年間のアクションスターとしての生活の後、リーは発展的な転換点に達している。
「アメリカの街を歩くと、若者がこう言うんだ。ジェット・リー!ぶちかましてくれ、とか、色々ね。
悲しくなることがあるよ。自分が、武術を人を傷つけるものとして教えているように感じてね。
大事なのは人をぶちのめすことではないと教える機会を持ってこなかったんだ。東洋と西洋の文化を理解すれば、陰と陽のバランスを理解できる。そうすれば成長できると思うんだ。」

今月封切られる彼の新作「HERO」は、このような考え方を反映している。本当の英雄とは、肉体で人並みはずれた能力をしめす人物ではなく、より高次の善を求めて、新しい戦い方を学ぼうとする人物だ。

更に理想的なことを言えば、リーによると、英雄などいない世界が望ましい。
「英雄はいてほしくないね。英雄がいるということは、この世に問題があるということだ。
悪いことが起こり、英雄がみんなを救いに来る。世界に英雄なんかいないことを本当に望んでいるよ。英雄がいないということは、この世は安全だ、ってことだから。」

これが気取っているとか、うぬぼれているとか、(もう戦いたくないアクションスターの)予想がつきそうな発言だと感じるなら、次の数字を考えてみてほしい。33年間の武術人生、7回の骨折、5回の優勝、そして34本の映画。彼の人生の4分の3は武術の最前線で費やされてきた。
彼は疲れてしまったというのではない。彼は単にそこから更に一歩踏み出したのだ。その説明に、彼は武術の3段階を引き合いにだした。

第一段階:型を学ぶ。そして何度となく繰り返す。「自分の体を武器として使え。
そしてうまく使わなければならない。技術に集中しろ。」とリーは言う。

第二段階:肉体的技術は身に付いたので、精神的な力を使う。
「君を恐れさせることや、自分の心を使って君を説得出来れば、僕は君と戦う必要はない。」
とリーは言う。

第三段階:内面の平静を得て、手を上げる必要はなくなる。「ここにいて、みんなが安全に感じ僕は他からの攻撃を恐れていない。この状態は宗教に近いと思う。キリストのようにね。
僕はぶたれてもかまわないよ。相手も徐々に理解してくれて、自分の武器を捨てるだろう。
相手ももう戦いたくないと思うんだ。」

これは一生をかけた遠大な進歩だが、映画の筋としてはつまらないだろう。
ありがたいことに、彼の新作「HERO」は、戦争と平和をまぜあわせている。
そこには、豊かで動的な一連の物語のひねりがあり、すばらしいアクションシーンがある。
更に、物語の緊迫感を高める、人間性と感情の織りなす綾がある。
(ロードオブザリングをしのぐほどではないが。)そして、彼の次回作、ダニー・ザ・ドッグでは、モーガン・フリーマン(他に適役はない)に出会うまでは、人間性を知らなかった愚かな裏通りの格闘家を演じている。わくわくするアクションはあるが、そのテーマは深まっている。
それは一人前の男になっていく典型的な過程の物語だ。

好適例:今回のインタビューでのリーの好みの話題は、仏教の概念である、内側と外側のバランスだ。
「問題の全てはその人の内側にある。問題は、外側、つまり他人からもたらされるのではない。
だから自分をよく知る必要がある。100%の自分とは何者なのか。自分の内側を知れば、もう恐れることはなにもない。」

そう言って、彼は陽気なリーに戻って、リズミカルにテーブルを叩いた。
「他人に自分をじゃまさせなければ、自分は歌のようになる。」

彼はだんだんとテーブルを叩く速度を速めた。タン、タン、タン…

「君は最高だ!」タン、タン、タン…

「君は最低だ!」タン、タン、タン…

「どうでもいいことだよ。でももし、誰かが君の心を変えるのなら、君はまだ外側にこだわっているということだ。外側にこだわって、まだ問題を抱えていることになる。」

リーは人間の最大の宿敵である死とさえも折り合いを付けている。映画の中では、彼は戦いの末に相手を死に至らしめ、また自分も死んでいる。しかし、今彼が人生に向かうのに利用しているのは、本物の、最も長くつきあっていかねばならない死である。「いくら有名でも、どれほど重要人物であっても、どれほど権力があっても、だれもが必ず死ぬ。」リーはクスクス笑いながらこう続けた。
「ひょっとすると、世間の人はジェット・リーは頭がおかしいと思うかもしれないね。
でも、僕は死に対して覚悟は出来ているよ。人はいつ死ぬかわからないだろう?今日かもしれない、明日かも知れない。そうしたら今を大切にするだろう?
そうすれば、家族や娘や妻を大事にするようになる。そして明日死ぬことになっても(と、指をパチッとならす)、それでいいんだ。僕は毎日、あらゆる瞬間を大事にしてきたから。」

リーは他にも秘密をいくつか話してくれた。トレーニング法と自衛手段のいくつかだ。
みなさんの陰と陽が対立したときに思い出せるようにしておくといい。


トレーニングの秘訣1:

瞬発力を身につけよう。心肺機能強化のために、リーはランニングやサイクリングを行う。
しかし、リーを有名にしたスピードや瞬発力は何で培ったのか。「バドミントンだよ。」と彼はいった。そう、バドミントンなのだ。週に3回シャトルを打って1時間も過ごせば、彼の筋肉を維持するのに十分だそうだ。手と目の連動を傷つけないテニスやスカッシュやラケットボールもいいだろう。


トレーニングの秘訣2:

楽天的に考えよう。ストレスを取るために運動もいいが、運動を始める前にストレスに対処していたほうが、より運動が効果的になるとリーは考えている。「トレーニングの最中は楽しいことを考えるのが大切だ。」と彼は言う。「腹を立てていたら、ウーっとなっちゃうだろ。」
そう言って彼は鎖でしばられているように体を丸めた。
「そうなると、内側の悪いエネルギーが必ずよくない影響をあたえるよ。2時間運動しても、残りの22時間をいやな気分で過ごすことになるよ。」


トレーニングの秘訣3:

瞑想はめめしい、と思うのはやめよう。あらゆる調整方法の中で、リーは何よりも瞑想を好んでいて、必ず1日に1時間は行う。(14時間瞑想していることもあったそうだ。)精神的な力が直接肉体に影響すると彼は主張する。その肉体運動は瞑想後のたった15分のストレッチで十分なのだそうだが。
「瞑想した後は、内側がもう柔軟になっている。だから外側のストレッチも楽になるんだ。」
短い瞑想から始めよう。まずは5分、そしてだんだん延ばしていけばいい。
だまされたとおもってやってみよう。驚くような効果があるはずだ。

自衛手段のことになると、みなさんのご想像通り、リーは色々手段をもっているが、動きそのものはほんの手始めである。


自衛手段の秘訣1:

単純な動きに徹する。映画を見すぎて戦うスタイルに気を取られている人が多いが、リー自身同じ落とし穴にはまったことがあるらしい。「成長するにつれて、僕はブルース・リーみたいに、自分独自のスタイルを創り出そうとした。」しかし今は、「特別なスタイルは持たないようにしてるよ。まずスタイルが気になるのなら、まだまだ学ぶことが多い証拠だ。自然体でいいんだよ。」
彼は水の入ったグラスを指さして、「喉が乾いていたら、この水をのむだろう。」そう言って水を飲み、茶目っ気のある微笑みを浮かべこういった。「武術も同じだよ。」


自衛手段の秘訣2:

ディスカバリーチャンネル(アメリカの民放テレビ局。ドキュメンタリーが多い。訳者注)を見よう。
自分を攻撃しようとする相手の気持ちを、眼力で変えさせるのに十分強い心を持つために、リーは自然に関するドキュメンタリー番組を見る。文字通り、うずくまる虎である。「そこに立っているだけで、君にはすでにパワーがあるんだ、というその感覚。」身構える猛獣の真似をしながら、彼の声は優しく、その体は張りつめている。そしてその瞬間、テーブルの向こう側から、私はついにジェット・リーのトレードマークの鋭い視線を浴びた。「君を恐れている人がたくさんいる。君もそれを感じている。
それはすべて君の内側から来るエネルギーなんだ。虎を見てごらん。虎は獲物を捕らえる前から恐ろしい存在なんだ。」


自衛手段の秘訣3:

スピードを変えよう。
「僕たちアジア人はあまり背が高くないし、アメリカ人みたいに筋肉も発達していない。」
とリーはいささかも恥じ入ることなく語る。「だから、僕たちは、戦えるんだと相手に信じ込ませるように体を調整している。そのためにスピードを調整するトレーニングをする。速いスピードと遅いスピードのね。
そこが難しいところなんだ。大きい人を動かすことはできない。でもまず最初にゆっくりと動いて」
リーの手が彼の脇からゆっくりと上がってくる。「そして、パンチ!とても速くね。」
そう言って彼は私の反対側の空間を素早く打った。「とてもゆっくりと、そして素早く!」
彼はもう一度やってみせた。そしてニッコリと笑ってこう言った。「僕の勝ちだね。」