2007年7月21日:聖厳師との出会い
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僕が精神的な発見と人生の意味の探求を始めるきっかけとなった、チベットの仏教指導者との出会いが1997年にあったことをご存じの方もいらっしゃると思 います。その時からずっと、僕はそこを訪れたり、指導者をそこから招いて講義をしてもらったりしています。僕は初心者なので、仏教用語についての質問がま だ多くあります。
僕個人の勉強の中で、多くの仏教に関する本を読みました。その中に聖厳師の本がいくつかあります。彼は仏教の考え方を説明するのに現代的な言葉を使うの で、僕の勉強に大変役に立ちました。2001年に、台湾で聖厳師との公開討論会を持ってみないかと友人に誘われました。その時僕は、仏教を正しく理解して いないと思っていたので、有名な師との公開討論会を持つなどとても勇気が無く、断りました。
2003年に僕は、1年半仕事を休み、仏教の勉強に時間を費やしました。前述の台湾の友達は再び、聖厳師との公開討論会をやってみないかと言って来まし た。この時は引き受けたのです。引き受けた理由は、聖厳師と会う機会を利用して、ずっと考えてきた質問をしてみようと思ったのです。
討論会を通して、僕の未熟な仏教の理解を聞いていただけるこの機会を持てたことを、僕はとてもありがたく思いました。討論会の後で聖厳師は僕に、もし時間 があれば、ニューヨークで行う10日間の黙照禅の瞑想会にいらっしゃい、と誘ってくれました。僕はこの一生に一度しか出会えないような体験を忘れることは ありません。
10日間の瞑想会はまさに人生を変える体験で、青海での2週間のチベット仏教の瞑想会とはとても違っていました。青海の人々はとても優しい人々でした。そ こは閉ざされた場所でしたが、四六時中僕を世話してくれる人がたくさんいました。例えば、食べ物や飲み物を持ってきてくれたので、僕はただ、2週間、毎日 座っていればいいだけでした。
ニューヨーク北部で行われた中国禅瞑想会はとても違ったものでした。毎朝4時に起き、瞑想を始めます。禅は毎回45分間行われ、間に10分間の休憩をとり ます。食事と掃除の他は、ただ45分間の座禅や歩行禅をひたすら行います。10日間の完全な沈黙です。これは僕にとって、沢山の人々の間にいて、一切写真 撮影やサインを求められない初めての体験でした。それまでの20年間では、家に完全にこもって出かけずにいる時を除き、長時間じゃまされることなく、内観 に集中し、自己認識を深めることができた初めての体験でした。
参加者の7割は欧米人でした。中には有名な精神科医や生物学者がいました。しかしここでは、皆同じ地位にありました。皆同じです。皆それぞれトイレ掃除 や、床磨きなどの分担があり、シャワーの時間も決められていました。僕にとってこの10日間の体験は、忘れられないものです。
聖厳師には今までに2回お会いし、勉強させていただきました。この体験については”Come Together”のサイトで見られますので、是非読んでください。英語版も完成次第掲載する予定です。
僕個人の勉強の中で、多くの仏教に関する本を読みました。その中に聖厳師の本がいくつかあります。彼は仏教の考え方を説明するのに現代的な言葉を使うの で、僕の勉強に大変役に立ちました。2001年に、台湾で聖厳師との公開討論会を持ってみないかと友人に誘われました。その時僕は、仏教を正しく理解して いないと思っていたので、有名な師との公開討論会を持つなどとても勇気が無く、断りました。
2003年に僕は、1年半仕事を休み、仏教の勉強に時間を費やしました。前述の台湾の友達は再び、聖厳師との公開討論会をやってみないかと言って来まし た。この時は引き受けたのです。引き受けた理由は、聖厳師と会う機会を利用して、ずっと考えてきた質問をしてみようと思ったのです。
討論会を通して、僕の未熟な仏教の理解を聞いていただけるこの機会を持てたことを、僕はとてもありがたく思いました。討論会の後で聖厳師は僕に、もし時間 があれば、ニューヨークで行う10日間の黙照禅の瞑想会にいらっしゃい、と誘ってくれました。僕はこの一生に一度しか出会えないような体験を忘れることは ありません。
10日間の瞑想会はまさに人生を変える体験で、青海での2週間のチベット仏教の瞑想会とはとても違っていました。青海の人々はとても優しい人々でした。そ こは閉ざされた場所でしたが、四六時中僕を世話してくれる人がたくさんいました。例えば、食べ物や飲み物を持ってきてくれたので、僕はただ、2週間、毎日 座っていればいいだけでした。
ニューヨーク北部で行われた中国禅瞑想会はとても違ったものでした。毎朝4時に起き、瞑想を始めます。禅は毎回45分間行われ、間に10分間の休憩をとり ます。食事と掃除の他は、ただ45分間の座禅や歩行禅をひたすら行います。10日間の完全な沈黙です。これは僕にとって、沢山の人々の間にいて、一切写真 撮影やサインを求められない初めての体験でした。それまでの20年間では、家に完全にこもって出かけずにいる時を除き、長時間じゃまされることなく、内観 に集中し、自己認識を深めることができた初めての体験でした。
参加者の7割は欧米人でした。中には有名な精神科医や生物学者がいました。しかしここでは、皆同じ地位にありました。皆同じです。皆それぞれトイレ掃除 や、床磨きなどの分担があり、シャワーの時間も決められていました。僕にとってこの10日間の体験は、忘れられないものです。
聖厳師には今までに2回お会いし、勉強させていただきました。この体験については”Come Together”のサイトで見られますので、是非読んでください。英語版も完成次第掲載する予定です。
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